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zoom RSS 子育て・親育て 入門(上)

<<   作成日時 : 2005/06/21 17:09   >>

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 はじめに

あなたは自信をもって子育てをしていますか?
普通だと、あなた達(父母)は子供達より先にこの世を去ります。
あなたがいなくても「うちの子は、世の荒波を乗り切っていける」と思えますか。
10年も、長いと20年も引き篭もった末に、刃物をもって小学校に向かうような心配はありませんか。

考えてみると、子育ての方法って何処で誰に教わるものなのでしょうね。
手探りで悪戦苦闘しながら、試行錯誤を繰り返してきているのが大多数の親でしょう。私もその一人です。
強いていえば自分の育てられ方、つまりうろ覚えの私の親の「私の育て方」だけが参考資料だったようです。皆さんもきっとそうだと思います。気が付かなくても脳の潜在記憶部分がそうさせているはずです。
だから、あなたの子育て方法は、あなたの子供が用いる「将来の子育て方法」かも知れません。
「自分は満足な育てられ方をしていない」と思っている人も悲観する事はありません。まっさらなあなたは「自分流子育て」を見つける自由があるのですから。
   
第1章 マニュアルはマニュアル:

1) 親は子を育てるもの、子は親に育ててもらうものと相場が決まっていると思い勝ちですが本当は、親は子を育てながら子に育てられ、子は親に育てられながら親を育ててくれるものなのであると云うのがこのマニュアルの根っこです。
そんな根っこの、このマニュアルは、私一人の体験をもとにしています。

100の家庭には100種類の親子関係が、1000万の家庭には1000万種類の親子関係が有ります。
それなのに、「子育て・親育て 入門」などという大それたことを書いたのは、きっと全ての家庭の子育て・親育てに共通して必要な「作業手順」が幾つかあるはずとの思いからです。
どんな立派なマニュアルにも絶対はありません。また必ず人生ではマニュアルに書いていなかった状況にぶち当たる時があります。

人はそんな時、パニックを起こした脳で今まで読んだマニュアル(知識。経験)をフルパワーで思い出したり、組み合わせや合成をしてみて何とか対応しています。パニックを起こした時の解決策の役に立てればこのマニュアルの意味もあるというのです。
マニュアルは絶対的信仰者の経典やバイブルとは違います。マニュアルに従って失敗する事もあることを前提に有効に活用下さい。
マニュアル絶対主義は、グループの注文を纏めて一人で「コーヒー5個」と頼んだ客に「お持ち帰りですか?」と聞くような店員を大量生産してしまう事になります。
「どうやって、一人でコーヒー5個持って帰るんだよー!!」

第2章 幼児期 (1):

いよいよ本題にはいります。幼児期とは0〜3歳位までと考えましょう。
おーざっぱですが、この辺で何歳までなって事にこだわるようだとあなたは危ない。コテコテのマニュアル人間になっちゃうよ。
    
1) おなかの中でみんな聞いてるよ。

母親が妊娠した時点から子育ては始まっているのです。
母親のお腹の中である程度大きくなると、既に胎児は外部の音(音や声)を聞いている事は、既に多くの研究・実験から医学的・科学的に証明されていますので、詳しい説明はカットします。興味があったら図書館等で検索して下さい。

2) 母親と一緒に驚いている。

お腹の胎児は、お母さんと同じように喜んだり悲しんだりしています。
母親が好きな音楽を聴きながらゆったりと至福のひと時を過ごしている時は、胎児もゆったりと音楽を楽しんでいます。
夫婦喧嘩をして、怒声や暴力に母親が怯えると(母親が怯えるとは限りませんが)、胎児もお腹の中で「ビクッ」とし、小さな小さな心臓を痛めるのです。

ここらで一息いれません?

 【余談@】

赤ちゃんは、最初は全員「女の子」って知ってました? 本当らしいです。
ある時期が来て母親から「男の子のホルモン」のシャワーをたっぷり浴びた子が「男の子」として生まれてくるのです。
そう考えると、「おかま、おなべ、ニューハーフ、」等と呼ばれる人たちが、「女になりたい、男になりたい」と願う気持ちが、いままでより良く理解出来ませんか。

お母さんのシャワーが、何らかの理由で(人間、生き物だから当たり前ですが)充分に浴びられず、「男の子」としての外形だけ作る量でシャワー終了となってしまうと、心(脳)は女の子なのに「男の子」(逆にケースもしかり)と見なされて生まれてくる訳ですから、赤ちゃんにとってはこれ程迷惑な話はありません。

 誰が悪いとかいう問題ではありません。
 生まれながらにして、耳や目が不自由な赤ちゃんもいます。それと同じように生まれながらにシャワー不足という不慮の災難にあってしまった赤ちゃんなのです。
 この災難が、当のご本人にとって気の毒なのは、他の先天性障害とは違って一見まったく元気な赤ちゃんでしかない事です。勿論、自分自身がその被害者である事を自覚できるのも大きくなってからですから。

 成長して、「女になりたい、男のなりたい」というのは、当然に事なのです。本来生まれてくるべき姿と心に一致させたいと願うのですから。
 現在は、「おかま、おなべ、ニューハーフ、」の皆さんの長年の努力やメディアの取り組み方、社会の理解の変化等で、皆さんが家族にも理解され「新しい性」 をゲットするケースが増えています。
 しかし、ちょっと前までは「親子の縁きり」まで求められたり、「家族の恥」扱いされた人々の話しか聞きませんでした。

 母親を責めるべき事ではありませんが、せめて親は「ごめんね、ホルモンシャワーが足らなくて。あなたが女の子(男の子)になれるよう応援させて」というべきところです。親が差別の先頭では悲しいです。
 今は、社会的にも「同一性障害」という障害と認知して、色々とケアーも受けられるようになりましたが、戸籍の性別変更等にはまだまだややこしい事を言っています。

     「同一性障害」と診断されたら、さっさと戸籍を変えてあげなきゃ。
     カルーセル麻紀さんでさえ、やっと名実共に女になれたらもう60歳だよ。
 

 3) 〜0歳のまとめ:

 お腹の中でも色々聞いては、一喜一憂しているのですから、生まれてきた赤ちゃんが例え話は出来なくても、お父さん、お母さんの一挙一動をしっかり見聞きしているのは当たり前ですね。
 赤ちゃんも家族に一員として、胎児の時から参加してるのだという1点だけを心に留めて、長い長い子育てのスタート立って下さい。

 第3章 幼児期(2):

 三つ子の魂、百までもという古い諺があります。
 人としての基本的な部分は3歳までに出来てしまうという説があります。
 あながち嘘ではないように思えます。
 大昔の人が、三歳の時までに身についた事は、100歳になっても忘れないと諺にまでしたのも科学的立証は出来なかったけれど、実績分析から統計的に認めていたのでしょう。
 まだ何も分からないなどとたかを括って、育児を疎かにしていればその附けは直ぐに跳ね返ってくるのです。わずか数年後から。

 1) 子犬に理屈は分からない:

 人間の幼児期は、動物の子供と思って育てればおおむね正解です。
 乳児から幼児期までは、腹が空けば泣き、眠たくなれば眠り、おしっこもウンコもしたい時にする。何処か違いますか子犬と。
 幼児の頃に、「○○ちゃん、××しちゃいけませんよ」なんてファミレスで騒ぎまくっている幼児に、口だけで注意している親をよく見ます。
 幼児は、公共の場で騒いではいけない理由など理解の外であるから、注意など何処吹く風で、周りの客は顰蹙の眼差しを親に向ける。

こんな親に限って、子供が自分より大きな体になった頃「殴ってでも直さねば」と悩みながら、子供からの逆襲におびえ「いつかとんでもない事をしでかさないか」と恐る恐る子供に顔色をうかがうはめになる。

 2) 愛情をもって、大いに叩け:

 物事の理屈が分からない三歳位までに人間の基礎が固まるとすれば、物理的現象で物事を理解させればいいのだ。
 例えば、幼児同士で遊んでいて、隣りの子供のおもちゃを奪ったとしよう。
 その時に幼児の手をぴしゃりと叩けば、幼児は意味分からず「わー」と泣き出すだろう。これが繰り返されると幼児は、理由は分からないが「人のものを取り上げると手が痛い」という物理現象を学ぶ。
     
 なぜ、手を叩かれるかの理由説明はもっとあとで、充分間に合うし子供自身が自然に学んでしまう事が多い。
 幼い頃は体で学び、成長するに従って頭で学ばせるのが正しい姿でしょう。
 幼児にお説教をして、成人を叩いて鍛え直そうと思ってもプロセスが逆の事は成功しない。
     
 最近、幼児虐待で逮捕された親達が「躾けの為の体罰」等という詭弁で罪を逃れようとする傾向が多いが、体罰と虐待は天地の差程違うカテゴリーである。
 愛する子供が、自分達の死後も自分の力で充実した人生をエンジョイ出来るように育てたいと思ったら、手が出ないはずがないとも云えます。
 なにしろ、相手は何を説明しても理解しない子犬なのですから。
 愛するものを叩くのだから、叩き方と叩く理由の二つのどちらも正しくなければそれは虐待である。

 どんなに優しく叩いても、正当な理由なく叩かれる事は、子供にとって虐待である。
 どんなに理由が正しくても、子供の精神的・肉体的許容範囲を超えた体罰は虐待である。
 褒めるときも叱るときも注ぎ続けるのが、愛情である。
 幼児にとっての体罰は、それが正しく使われた時には成長した時に思わぬ副産物をもたらしてくれる。

 物心つく頃に体が覚えて事は、良きにつけ悪しきにつけその人間のトラウマとなって潜在意識の中に生き続ける。
 つまり、成長して親を見下ろす体格になっても、幼児期に手を叩かれたトラウマは「親が怒ると恐い」という意識を脳が呼び起こして、親への肉体的抵抗の意欲をそぐのである。

 この事は、いつか叩いて叱る事が不可能になる運命を考えると結構大切な事である。

3)〜3歳児のまとめ

 0〜3歳児はチンパンジーと同じかちょっと負けるくらいの知能であり、まさにチンパンジーを育てるような感じです。
 理屈を言っても分かる訳がないし、自分の欲望の表現力だけは身に付けるという誠に大人にとって始末におえない期間です。

 しかも人間と言うのは、この世に生を受けるとすぐに「自分に食べ物をくれる人=自分生命を握る人間」を敏感に感じ取り、その人間から捨てられないためには幼い本能で、嘘を付く事も媚を売る事も大人と同じようにする能力を発揮しだします。
 3歳にもなるとこの能力がさらに高まるのも当然の事です。
 このように、知能と肉体と本能がバラバラに成長していく過程の0〜3歳頃は、その後の子供の育ち方に大きく影響するであろう事は頷けるでしょう。

 @ 幼児に理屈は不要。(チンパンジーに小言云いますか?)
 A 0〜3歳で身に着けるべき幼児としてのルールは、体で覚えさせる。
 B 体で覚えさせるとは、愛情のこもった優しいパンチ(又はビンタ・拳固)と根気のよい繰り返しの精神。
 C 飴とムチの上手な使い分けでの調教。(あくまでも動物の躾と大差ありません)

第4章 人間形成期(4〜12歳)

 子育ての第二期が4〜12歳の8年間を一括りにする事で「随分乱暴な」と思うお父さん、お母さんもいるでしょうね。
 4〜8歳、9歳〜12歳、13歳〜18歳と云うような区切りで子育ては細かく対応するべきではと思う人も多いでしょう。
 しかし、ここからは私の子育ての経験からの「子育て論」ですが、4〜12歳までの期間を一貫したポリシーで子育てすべきだと云えます。

 4〜12歳とは大体、年少幼稚園生から小学校6年生位までの期間です。

 この期間にしっかりと子育てを終わらせるべきだと思います。そして中学生になったらもう小さな大人(Young Gentleman、Young Lady)として対等な会話ができるようになるべきです、親も子も。
 
 自分に子供が出来た時、私は「親が死んで社会に迷惑を掛けずに一人で生きていける人間」の条件とは何だろうと考えました。

@ 自分を大事にして、自分と同じように他人を大事に出来る人間。
A 正直な人間。
B 不必要に欲張りでない人間。
C 権利と義務をわきまえた人間。
D 自分の意思を通せるだけの心と体の強い人間。
E 社会生活に必要な最低限の学力と知識を持った人間。

 人によってはもっと何十項目もあるかも知れませんが、私はこの6項目だけは我々夫婦二人で何とか実行しようと決めました。そして中学校に入るまでこの6項目以外はあまり問題としない子育てをしました。

 @ 自分を大事にして、自分と同じように他人を大事に出来る人間である為には、虐めなどもっての他です。
 普段から多勢で無勢を苛める事の卑劣さ、苛めに加わらなくても苛められているのを黙って見ている事も苛めに加担した事と同じだと教え込みました。

 但し、この「苛めているのを黙った見過ごさない」という事は大人が小学生の苛めを諌めるような簡単な事ではありません。これを守る為にはD項の強い心と体が重要なキーとなるのですが、この点について後ほど詳しく。
 自分より弱いものに手を貸す、他人の気持ちを自分に置き代えて考えてみる、そういう訓練を言葉や日々の生活の中で教え込んでいくしかありませんが。

 A 正直な人間

 人は誰でも自分が可愛いですし、まして自分で自分の命を守れない幼児、子供の時期の自己防衛本能は大人になってしまった親達の想像を超えるものがあります。
 「親に怒られたくない」、「大人や先生に怒られたくない」為に子供は簡単に嘘を付いて自分を守ろうとします。

 だからこそ子供の時に、正直である事の重要性や自分の心に嘘をつかない習慣を教える絶好の時期でもあるのです。
 この時期に正直である事の大事さを覚えた子供は一生忘れないでしょう。例え嘘をつく事があっても。

 この時期特に親が注意しなければならないのは、子供に正直であるべきと教える側の大人の態度でしょう。
 何度も云いますが、子供にとって親はある意味自分の生死を握る権力者でもあるのです。肉体的にも精神的にもはじめから叶わない権力者と対等に接する事は子供にとって大変な重圧です。何を云っても最後は負けると分かっている相手に最後まで自己主張できる人は大人でも少ないのですから。

 権力者は最初からハンデを負った人間に本音で向かってこさせる為には、一歩も二歩も下がってやらなければならないのです。
 例えば、何か悪い事をした子供に正直な告白をさせる時は、目線を子供の高さに下げて、「正直に言えば怒らない」と約束したとすれば決してその約束は破らない。

 また、「もしお前が悪かったら拳骨よ」と納得させて「でも正直に言わないとずーと嘘をついた事で気持ち悪いよ」と云うか。その時の状況死代次第ですが、要は子供に必要以上のプレッシャーを掛けていないか、常に大人は(親でなく大人とて考えると分かり易いかもしれません)留意して子育てをする必要があります。

 それが子供に伸び伸びとした心や正直な心を植えつけていく、基本になるのです。
 正直で有ると言う事は、自分が間違っていたら素直に「ごめんなさい」と謝れると言う事です。
 これも前の話と同じで、権力者と云えども間違ったら子供に謝るという事が大事です。
 これが出来ないで、子供に「過ちを犯したら謝る」なんて偉そうに教えても誰が聞くものですか。
 親であろうと子であろうと「謝るべきときは謝る」という習慣から、子供は「人は皆平等である」ことを無意識に学んでもいけるのです。

 B 不必要に欲張りでない人間とは、いま与えられたものに幸せを見つけられるような人間ということですが何かとんでもなく難しい、聖人君子を育てるような事ではありません。
 子は親を見て育ちます。
 親が何でも不平不満を言っていると子供もそういう性格に成ります。元々人間は欲張りに作られています。

 いくら恵まれていても満足せず更に何かを望みます。望むのは一概に悪い事では有りませんが、足元の今の幸せの価値を見下したり見落としてしまう事です。
 人はガンになって初めて健康の有り難さを知ります。
 あなたがもし余命何ヶ月と宣告されたら、お金も要らない、地位も要らない、ただただ健康だけ欲しいと心から思うはずです。

 欲を張りすぎると自分も人も傷つける結果が多いのです。
 常に子供の前で、小さな我家の出来事を幸せな事と喜ぶ親を見て育つ子は、どんな事態の時でも 「自分はまだ親兄弟がいるだけ幸せだ」というようなポスティブな人間になります。
 今が幸せと思えないと不満が欲望となって、欲望を抑えられないと心の望むままに行動したりする大人になっていきます。

 C 権利と義務をわきまえた人間とは、生意気言うだけの事はちゃんとやる子に育てるという事です。
 約束を守る子供に育てると理解してもいいでしょう。
 世の中に出て行けば権利と義務が待っています。全ての権利の裏側には義務がついて回ります。
 幼い時から少しずつ学ばせれば、自然と覚えるものです、なんでも。
 何かをしてもらいたかったら、何かをすると約束する。約束は守る。約束を破ったら権利の主張も諦める。

 例えば、おもちゃやお菓子を親に買ってもらうのは子供の権利だとすれば、学校の宿題をやる事は子供の義務です。
 大きなプレゼントが欲しい時は、それに見合うお手伝いをするのが義務というように子供が消化できる大きさの義務を与え、約束させ守らせる事は決して子供にとっては苦痛な事ではありません。
 それを教えられずに、社会でその洗礼を浴びる事の方が本人に取って大変な事です。
 オートバイで爆走・危険走行して「走る自由・権利」を主張して、他人の生活を尊重する義務に思いが及ばぬ二十歳過ぎたいい大人が大量発生する事になります。

 D自分の意思を通せるだけの心と体の強い人間に育てるというのが一番大変で、また子育てで最も大切な事かもしれません。

 @項で「苛めるな、苛めを見過ごすな」と育てろといいましたが、そんな事を言われても子供にとっては大変な課題です。
 電車の中でタバコを吸っているアンちゃんに注意できる大人が何人いるかを考えれば分かります。
 「弱者に正義はない」という言葉があります。強くなければ正義など主張できないという言葉です。 この言葉が100%正しいか否かは意見の分かれるところでしょうが、強ければ正義も貫き易いであろう事には異論はないでしょう。
 心と体の強さは表裏一体です。心が弱くては幾ら体が丈夫で大きくても絶対に相手には勝てません。

 また体が弱くては心の強さを活かせません。大体体が弱ると心も萎えてしまうのが普通です。
心と体をバランスよく強くするには、子供の望む事に打ち込ませる事です。
 何でも構いません。必ずしも喧嘩に勝てるような格闘技系・武道系である必要はありません。水泳でも、音楽でも、書道でも、ダンス、なんでも本人が好むものを長く続ける事に手を貸してやる事です。

 何かを長く続けるというのは大変な事です。長い間に起こるスランプ、辞めてしまいたいという気持ちに打ち勝つ事によって強い心が養われます。
 当然、肉体的に弱く病気がちでは長く何かを続ける事は不可能です。当然健康にも気を配る育て方となります。

 一つの事を長く続けているという事は、子供の心に「自信」を芽生えさせます。
 その「自信」が強い心となって「正義」を主張できる事になるのです。
 勿論、この長く続けたものが「武道」系であれば、尚「鬼に金棒」かも知れませんが、人間が争いで勝つ最後の決め手は腕力ではなく心の強さ「気」です。

 平成17年8月の「郵政民営化賛成か反対か選挙」で小泉首相の率いる自民党が圧勝したのは(得票数は兎も角、獲得議席で圧勝)、衆院解散時の「郵政民営化実現のためには殺されても構わない」と言い放った小泉さんの「気迫」に野党も国民も圧倒されてしまった結果でしょう。

 人間が「腹を括って、覚悟を決めた」方に分があるのです。

 私の場合はたまたま女の子だったので、「腕力の違いで自己主張が出来ないような事がないようにだけはしてやりたい」と思っていましたが、本人が色々な習い事から「合気道」を選択し、自分の意思で選んだ好きな事は身が入るらしく現在も続けるライフワークになりました。
 特に女子にはお薦めの武道です。30年も続ければ立派な先生にはなれるでしょう。

 ここで、子供に強い肉体・健康な体を与える為には、

 1) バランスの良い食事。

 偏った食生活、主食と副食のアンバランスは「切れやすい子」、「集中できない子」に成り易い事が報告されています。
 親が自分の遊びに呆けていて、食事の手を抜くようでは子供の健康は肉体だけでなく精神的にも良い結果を生まないと肝に銘じる必要があります。

 2) 早寝・早起き(充分な睡眠)

 昔から「寝る子は育つ」といいますが、これは規則正しい生活のリズムが健康を生むという事の例えでしょう。
 昔の人は、理由は解明できなくても統計的結果だけは正確に分析していたようです。
 寝不足の子供が学校で授業に集中できなかったり、一寸した事で「切れてしまう」事も分かっています。
 特に幼児期から小学校低学年までは生活のリズム、就寝/起床/睡眠時間には充分気を配らねばなりません。

 最近よく、かなり遅い時間のレストランや居酒屋に幼児や子供をつれて飲み食いにきている親子が目に付くきますが、親の都合に子供を付き合わせている育て方はあまり感心しません。
 また、子供の方がゲームをしたい、TVを見ていたいと我儘で夜更かしするのを
容認するのも、子供の健康の為にはなりません。

 子育てというのは、時には子供の為に親が欲望を我慢しなければならない大変な事業だと理解すれば、暫くの期間親も子も互いを犠牲にする事もまた楽しい事になります。
 早寝、早起きの子供は、一家に健康と笑いを運んでくれるはずです。



                                                      (下)に続く

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2006/12/02 01:32

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