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zoom RSS 「子育て・親育て入門」 (下)

<<   作成日時 : 2007/09/30 18:44   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 4 / トラックバック 0 / コメント 0

 この、勝手な「子育て論」も(1)〜(3)を書いてから、既に2年が経ってしまいました
 その間にも社会はどんどん変貌し、特に親子、兄弟間の想像を越えた手段による殺人事件が増えているのが気掛かりな事です。

 ごく最近も、兄が妹をバラバラにしたり、父親の素行が許せないと娘や息子が父親の首を斧でぶった切るという、金曜日のジェイソンも真っ青な事件が起きている。

 事件後の報道では、決まったように「裕福な家庭」「両親も立派な職業」「本人はまじめで、おとなしい子」等の近隣者のコメントが出ている。

 昔よく見かけた、街じゅうの人から嫌われる「札付きの悪」と云われているような人間でなく、事件を知ってさえ直ちには信じられないような、極々普通の子供が平然と殺戮を実行するという事の意味が、マスコミも含めた一般人には理解ができず、色々な分野の専門家が個々の分野からの、様々な見解を披露している現状だ。

 皆さん専門家の先生なので、夫々専門用語を駆使し極めて当たり前の事を、なんでもないゴロをファインプレーに見せて捕球していた巨人軍中畑選手のように、尤もらしく解説しているが、事件の本質は「本当にそんな難しいところにあるのか」と思える事が多々あります。

 最近の残忍な事件が、特に青少年によるものだという事ではなく、成人、老人の起こす事件も、その内容が10年、20年前と明らかに異なり、「泥棒にも3分の理」というが「人間性のかけら」も感じられない。

 子供達のイジメは決して減っていません。更に陰湿且つ悪質になってきています。
 その事実に眼をつぶり、先ずは「イジメの事実は確認できなかった」という発表を繰り返し、後であわてて事実を追認する学校、教育委員会。
 更に、地域の学力値確保のために、試験問題を事前にリークする教育委員会と、その指示に従って試験中に回答を教える学校。

 耐震強度計算を偽装して、マンションを売りつけるデベロッパー。
 偽装牛肉の雪印、ミートホープ、「白い恋人」を初め繰り返し発覚する食品の偽装。
 国内自給率20%で、決して日本中のスーパーの需要を賄えないはずの「国産うなぎ」が、○○県産、▽△県産蒲焼で冷蔵ケースが埋め尽くされており、80%の「中国産」「台湾産」等のうなぎが見当たらない不思議さ。
 大臣に就任する代議士の100%近くが、政治資金規正法違反の会計報告をあわてて「訂正??」する、政治家の実態。

 エリート公務員は、国民の年金を湯水のように無駄使いして、おのれ等の天下り先確保に執念を燃やし、地方自治体の公務員は、窓口で年金を横領しておきながら「業務上横領罪」にも問われず、退職金までせしめている不正天国。

 支払い能力があっても、保育料や学校給食費を払わない保護者。
 後を絶たない保護者による幼児虐待と、「そういえば苛められていたようだった」と子供が殺されてから云う周囲の大人。

 なぜ、大人も子供も簡単に人を殺め、騙し、自己中心的生き方に走りだしたのでしょう。

 【きっと、命の大切さを知らないまま育ったからだと思います】

 【きっと、嘘やルール違反を厳しくたしなめ、正義や勇気の意味を教えられないまま育ったからだと思います】

 【きっと、人は悲しみや苦しみに耐え、欲望を我慢する時があると教えらないまま育ったからだと思います】

 【きっと、人を許し、人から許されるバランス感覚を教わらずに育ったからだと思います】

 【きっと、金、地位、名誉より大事なものを、教わらずに育ったからだと思います】

 【きっと、親子、兄弟、肉親の愛情が注がれた実感を得ることなく育ったからだと思います】

 
 では誰が、命の大事さ、正義感、自己規制、バランス感覚、愛情の意味を教えればいいのでしょう。

 本当は、幼稚園や小学生のうちに学校で繰り返し教えてくれれば、簡単な事なのです。

 「三つ子の魂百までも」と前に云いましたが「刷り込み」と云うテクニックは大切です。
 人間の潜在意識に、深く入り込んできてくれます。良い意味での「洗脳」です。

 信じられない人は、第二次世界大戦(太平洋戦争)敗戦前の日本の歴史を調べてれば良いでしょう。小さいときから「天皇陛下は神様だ」と教えれば、大の大人になっても信じてしまうのです。

 「刷り込み」が上手く行けば、ライオンや虎も犬や猫を実の親と思い込み、アヒルが鯉に餌を与えたり、犬猿の仲であるはずの犬とサルが互いを兄弟と思い込んでしますのです

 でも、学校が偏差値アップや、子供達の将来に眼を向けていない教育委員会、文部科学省の顔色を伺う事に専念していて、期待できないとしたらどうすればいいでしょう。

 学校が、先生が、社会が(昔はおせっかいで、口うるさい近所の大人という社会が教えてくれた部分が大きかった)教えてくれないから、しょうがない・・・ですませますか?

 前に云いましたが、親が手を抜けば子供がその「付け」をいつか払っていかねばなりません。親が責任を他人のせいにして手を抜けば、子供も又自己の責任を他人のせいにして生きていきます。

 しかし、社会はそんなに甘くありませんから、いつか子供は大きく傷つく事になります。

 学校も、社会も教えてくれなければ、親が家庭で教えれば良いのです。簡単です

 TVドラマや新聞記事をネタに、幾らでも教えられます。
 意見に従わせる必要はありません。子供は自分で結構親の意見を取捨選択していくものです。
 
 「まとめ」らしきもの。

 最低これだけを教えられれば、「あとは野となれ、山となれ」子供の責任って事にしましょう。

 1)幼児は子犬と同じ。幼い時は体で、成長と共に「理屈」で納得させる。

 2)人は誰でも平等。優越感を持つものは必ず劣等感も持つ事になる。

 3)卑怯な人間である事を恥と思わせる。イジメや不正は卑怯者のする事と刷り込む。

 4)愛している事を感じさせる。真っ直ぐに生きる為なら体を張って子供を守る覚悟を見せる。

 以上4つ位なら何とかできそうでしょう。
 但し、条件があります

 1)両親の教育方針がブレていては、子供は混乱してしまいます。
 方針が対立する事は止むを得ないですが、夫婦で徹底的に話し合い何らかの結論に従って一本化するべきでしょう。「この事は夫の意見に」「この件は妻の意見に」と。
 結果が悪かったら、その時点で子供を交えて路線を修正すれば良い。

 2)飴と鞭とを使い分ける。子供には「子供特有の知恵」があるので、大人はそれに負けない知恵を使って対抗しなければなりません。
 父親が怒ったら母親が優しく諌める。母親の激怒には、父親が静かにフォローという具合。

 3)これが最も重要なポイントですが、「子供に好かれる親になろう」等という考えは持たない事です。

 子供にとって、一番応えるのは、「お母さんは、あんたに嫌われる事など何とも思わない」と前置きされての「爆弾投下」です。

 又、育児の助けとしては

 1)出来るるだけ生き物と接する環境や機会を与えてやると、命の尊さ、死の悲しさを自然に体得できて、親の手間が省けます。

 ●私の幼い頃には、放し飼いに近い飼い犬、飼い猫が近所にたくさんいたせいか、犬や猫の交尾や出産も当たり前のように目にしました。
 子犬が次々と産まれるのを見た私の「人間はどうやって生まれるの?」という質問に、母親はこう云いました。
 「人間も、犬と同じ動物の仲間なのよ。だから同じように生まれてくるの」

 もし、交尾を見て同様の質問をしても、きっと私の母は平然とこう云ったでしょう。「人間も、犬と同じ動物の仲間なのよ。だから同じようにして赤ちゃんを作るのよ」って。

 生き物と触れ合ったり飼ったりすると、命の誕生や死と向き合う機会が出来て、自然にその大切さも理解できたように思います。
 その上、親にとってやっかいな「性教育」までやってくれます。
 
 「性教育」について私の意見では、体よりも精神の成長に合わせた教え方が正解かと思っています。

 又、「性教育」の最も大切な根幹は「男女愛」というベースなのに、何を勘違いしたか学校でさえ「性器教育」をしたり、幼稚園児にセックスの話をするのが進んだ「性教育」だと思っている親がたまにいますが、幼稚園児に「男女愛」は無理じゃないかな?
    
 2)「核家族」化によって肉親の死に立ち会う機会も少なくなっていますが、不幸にもそのような時は、愛する者を失った者の悲しみを少しでも感じ取らせる機会にすべきかもしれません。

 子育ての結果は、あなたの子供が親になり、あなたが孫を抱く頃まで答えは出ないかもしれません。
 あなたの孫が誰にでも優しく、正直で勇気のある子だったら、あなたの子育ては「合格」じゃないでしょうか。

 【最後の余談】

 私の娘は幼い時からかなり「ヤンチャ」でしたので、ちびまる子チャンのように、年中(主に母親から)怒られていました。
 我が家の「育児憲法」には、条項が5〜6条しかないので、それさえ守れれば怒られる訳がないのですが、そこが「子犬」の悲しさで一日経つと忘れてしまい、「ズルをしてはいけない」という一項だけでも、身に付くまでには「罰」と「反省」繰り返しの毎日です。

 「己に厳しく他人に甘く」という言葉と意味を教えれば、翌日学校で先生に向かって「先生!己に厳しく他人に甘く、ですよ」と云い放ち、母親が家庭訪問で平謝り・・というような話の連続でした。

 私が怒るときは、人間として直しておかなければならない「大きないけない事」で、母親は「小さないけない事」を怒る役目としていた。

 ある日、私も娘もその内容はもう忘れてしまいましたが、大変「大きないけない事」をしでかした娘が、「いけない事」を理解しようとせず、従って反省もしなかったので、私の母親から私が受けた「お仕置き」をしました。

 それは、腕にローソクを垂らすというもので、細い小さなローソクに火を付けて、娘の腕を押さえておいて、かなり高い位置から溶けたロウを一滴垂らしました。

 本人も初めての「お仕置き」に驚き泣き叫びましたが、ローソクがかなり高い位置からなので腕に達するまでに空気で冷やされて、跡がヤケドとして残るような熱さではない事は、何遍となくこの「お仕置き」を受けてきた私が一番知っていました。

  流石に、強情を張って非を認めなかった娘も「ごめんなさい」となりましたが、本当に非を理解して「もう二度とすまい」と思っているかどうかを確かめるのが「お仕置き」の仕上げです。

  「お前が本当に反省しているかどうか、神様が見ている。本当に反省していると、神様がそのローソクをポロッつと剥がしてくれる」と教えました。

 本人の言葉を借りると、「本当に反省したら、本当に剥がれた」そうです。
 (学生位まで、神様が「反省を認めて」剥がした、と信じていたらしいです)

 2007年9月、「幼児にローソクを垂らし、幼児虐待で逮捕!」という新聞記事に、私ら親子はビックリ!でした。
 事件の程度は定かではありませんが、「今なら,おとーさんも逮捕だね」と娘は笑っていましたが。

 子育てにもTPO、時代との整合性は必要でしょう。

 でも、古今東西不変の「人間の条件」があって、その基本仕様を備える子育てが出来れば「良しとしよう」と言い聞かせているこの頃です。


私達夫婦が決めたE項の「社会生活に必要な最低限の学力と知識」とは、当用漢字が読み書きできて、九九と割り算が出来て人との会話が正確に理解出来る程度の学力と知識でした。
 期待したのは、真面目に勉強すれば中学卒業で習得出来る位のレベルです。これだけ備えて@〜D項がそこそこ満足できる人間であれば、人様に迷惑をかけずに自力でサバイバルできると思ったからです。

 私達夫婦は我が子の最終学歴に大きな興味は全く有りませんでした。それよりどんな子に育つか、どんな事に能力を発揮するのか、の方が毎日興味深深でした。
 私達夫婦のDNAを受け継いでいる以上、親より高い知能指数や学力を期待する方が図々しいし、子供にとっても迷惑な話です。
 子供が「勉強は嫌い」中学卒業したら○○屋さんで働きたいと云ったらその通りにさせよう、ハーバード大学でMBAを取りたいと云ったらそうさせよう・・と決めました。

 いずれのケースでも、社会生活で最低必要な必須基本はほとんど中学校までに覚えられる事と思いましたので、中学校までは学校の勉強だけは手を抜かせないように厳しく指導しました。
親が子供の将来を、子供がかなり幼い時から意識的、無意識的にイメージし、そのレールに沿った育て方や教育をするケースが多いのも事実です。

この場合のケースは2通りで、

1) 親が経験した学歴や世襲家業の恩典を子供にも引き継がせようとする優越感型。

2) 親が自分の経験した人生における不平等は学歴の不足が原因と考えて、子供には自分以上の学歴を、と考える劣等感型。

 いずれの場合も、子供の性格、能力が偶然マッチすれば結果オーライになってハッピー、ハッピーかも知れませんが、人間が人間の行く末を規制する訳ですから一つ何か向かう方向が違えば、悲劇を生む事も少なくありません。

 立派な人格の料亭のご夫婦が、たまたま自分達は大学を出ていないというだけで、息子を何としても大学へと考えました。
 息子は、勉強に興味はなく高校を出たら板前の修業に出て、行く行くは自分の好みの店を持ちたいという夢を中学校の頃から持っていました。
 結局「大学さえ出てくれれば板前でもなんでも」という親の説得によって大学受験しましたが、1浪して予備校通い。その間に改造車での暴走等にも走ってしまい、生活も乱れ勝ちでした。

 合格した大学も中退して、親の店の手伝い等しましたが結局食品会社に就職して、宅配料理のセールスをしています。
 彼が今どのくらい幸せかは知る術もありませんが、彼の心の中に「あの時板前の修業が出来たら」と云うどうする事も出来ない思いが消えないであろう事は否定できないでしょう。
 嬉しいのは彼が、結婚もして恵まれた子宝に「板前にする」と考えていない事です。

 この例のようなケースは無数に聞きます。
 親が子に期待し、幸せになってくると願う気持ちは分かります。しかしそこをぐっと堪えて子供の意思を最優先させる事が大事です。だから子育ては「親育て」でもあり辛いのです。
 もし自分と同じ人生を子に歩んで欲しいと思うなら、いかに親の人生が楽しく素晴らしいかを常に見せ付ける事です。そうすれば子供は自然と「お父さんと同じようにやりたい」と考えるでしょう。

 以上@〜E項を子供に体得してもらう為には、親もまた肝に銘じなければならない事が幾つかありました。

@ 自分を大事にして、自分と同じように他人を大事に出来る人間になってもらう為には、親といえども子供に人格を常に一人前の人間として尊重する。

A 正直な人間であって欲しいと願うなら、親も正直に。
子供にも嘘をつかない。嘘をついたら子供にでも正直に詫びる。

B 不必要に欲張りでない人間であって欲しいと願うなら、親も全ての事に欲を張らない。

C 権利と義務をわきまえた人間であれと願うなら、義務を放棄する事を許さない。

D 自分の意思を通せるだけの心と体の強い人間を作るには、長い時間と辛抱を親も付き合う覚悟をする。挫けそうな時の支えは親しかいない。

E 社会生活に必要な最低限の学力と知識を持った人間になって欲しかったら、基本学力だけは徹底して叩き込ませると、親が「腹を括って」子供と向き合う。

 子供が@〜Eを実行しようとした時に、それが正しいにも関わらずもし世間の妨害があるならば、その時は我々両親がどんな事をしても子供を守るという事も夫婦で決めていました。 
 もしこの子育て方法が日本の学校教育システムから弾かれるなら、外国で学ばせるか学校に行かせず親が先生になって勉強をさせる(中学校レベル目標ですから)覚悟でした。

 これを4歳〜12歳位まで、その年代に合わせた強さで「落ち着いて」「子供の目線で」「小さな大人に言うように」教えていけば、気がついた時はもう立派な大人になりかけの中学生かもしれません。

 よく最近、インターネット等で「叱らない育て方をしています」というお母さんがいます。
 絶対叱らない、絶対叩かないというポリシーで、叱ったり叩いたりしても子供は真から理解しないはずという考えです。この中には自分が親に厳しく育てられすぎたからというトラウマお母さんも多いようです。

 私は思います。子供って叱りもせず、叩きもせず全てをマスター出来るほどの動物ですか?
 親から一度も叱られたり叩かれたりした経験のない子も、一歩社会に出れば容赦ない叱責や罵声を浴びるんですよ。お母さんの保護のない処で。
 子供がこう思ったらどうします。「お母さんの傍が1番いい。もう家の外に出るのよそう」
 もし、自分が親から厳しすぎる育てられ方をしてトラウマになっているのなら、尚更その経験を生かした叱り方をして欲しいと思いますが。
 絶対叱らない、叩かない、何でもかんでも叱る、叩く、どちらも間違っています。
 まるで個人情報保護法を勘違いして、警察に幼児虐待保護者の情報を教えない「アホ」と同じになってしまいます。臨機応変、柔軟な発想が要るのです、子育てにも。

 子供の育て方は親の自由です。
 周りがとやかく云ったり、こうあるべきというべきでも有りませんが、一つ云える事は「楽あれば苦あり」です。
 楽な子育てを選べば、その付けは必ず後で親と子で払う事になります。子育ては親にとっても煩わしく犠牲を伴うものですが、その苦労は子供の血と肉になって孫に引き継がれるでしょう。
 どんな育て方でも構わないと思います。それが、親が楽をする為の言い訳でなければ。

 ここらで一息いれません?

【余談@】 

 昔、若気の至りでちょっと一杯飲んだまま運転して帰宅の途中、酒気帯び運転の検問に捕まってしまいました。
 いやらしく隠してあったパトカーでは、私の前に捕まったドライバーをパトカーに入れられて風船を膨らましていました。
 その為に、私ともう一人のお巡りさんは酔い覚めに心地よい川風の吹く堤防のコンクリートに腰をかけて、検査が終わるのを待っていました。

 そのうち、お巡りさんとの会話が四方山話になり、ついにはお巡りさんの悩みになりました。彼の悩みは職業柄勤務の不規則で、まだ幼いかわいい子供とのスキンシップが取れない事でした。
いつも寝顔しか見られない事が多く、つい非番の時などおもちゃを買っては子供の歓心をを惹こうとしているが、今一子供がなつかないようで不安だと云うのです。

 「お巡りさん、それは間違っているよ。おもちゃを買ってあげるのが悪い訳ではないけれど、子供が本当に欲しがっているのはおもちゃじゃないよ」
 「なんですか、子供が欲しいもんて?」
 「お巡りさんの『お前がかわいいよ、大好きだよー』っていう心だよ」
 「その心ってどうやってやるんですか」
 「おもちゃを買う時間があったら少しでも早く帰って、子供さんを膝の間に抱いてギュ―とハグしてやりなさい。ハグって分かる? そうしっかり抱きしめて頬ずりして『愛しているよ』って云ってやるだけでいいんだよ」
 「子供はね、自分が愛されているか嫌われているか本能的に知る能力が大人よりあるんだよ。自分は「お父さんから愛されている」と感じるだけで子供は幸福感に包まれるんだよ」

 よほど若いお巡りさんは悩んでいたのでしょう。
 目をウルウルさせながら「必ず今夜からそうします。有難う御座いました。ご主人、もう酔いも覚めているようですね。このまま気を付けてお帰り下さい」と云いました。

 その後そのお巡りさんと二度と逢っていませんが、きっと仲のよい親子でいる事と思います。

【余談A】 

 娘が小学校低学年の頃でした。この頃は小学校での「苛め」が急速に増え出した時代で、学校も父兄もピリピリしていました。
 たまたま始めて参加した父兄会でも、学校出たての若い女の先生が父兄から「子供を叩いたの、怒ったのと」で突き上げられてオドオドしていました。

 私は発言を求めました。

 「先生はお若いが、教師としての専門課程を経てこられたいわば教育のプロです。ここにいる私は教育のアマチュアです。私はプロの先生に自信を持って子供の教育をして頂きたいと思います。子供が本当にかわいい、良くしたいと思えば手を出さずにはいられないでしょう。でも先生にそのフリーハンドがないとプロとしての仕事もし難いでしょうから私の子供は、悪い時は遠慮なく叩いてください。先生が子供に犯したミス以上の体罰を与えない限り一切の抗議は致しません。子供にもそのように伝えておきます」と。

 子供の躾け、教育は一歩家を離れたら学校に、先生に託すしかないのです。
 もしそうなら、先生にしっかりと躾けと教育をしてもらう為のサポートを父兄がしないでどうするっていうのでしょう。
 親が先生を馬鹿にすれば、子供が先生の云う事など聞かないのは当たり前です。
 先生と云えども人生の経験では父兄に比べて未熟です。だからこそ親たちが先生を押し上げねば、「うちの子が叩かれた」と学校に怒鳴り込んで行くだけでは学校は何も出来ないただの「公立塾」でしかないのではにでしょうか。
 
【余談B】
 
 娘が大学3年の頃でした。
 ある晩電話が入って、女の同級生の家に泊まりたいとの事でした。
 我家では、娘の成長に合わせて門限を遅くしてきましたが、「外泊はご法度」という規則でした。
 その時の門限は、何時になろうと帰って来るという最大限の緩い門限でした。
 私達夫婦は、娘が心配で外泊を禁じていた訳ではありません。
 もう二十歳過ぎた大人で、格闘技の高段者でもある娘が何時になろうとそれ程心配はしませんし、実際は好きな男との外泊でも彼女の自由だと考えていました。

 ただし、我家での「大人の定義」の親子共通の認識は、「自分の力で生きている人間が大人」というものでした。つまり親掛かりで学校に行っている間は「半人前大人」という事です。
 「外泊はご法度」はまだ半人前である事の象徴であり、私達夫婦が娘に課した唯一の規制とも云えるもので、娘も納得していました。
 「お泊まりしても一向に構わないよ。でも来期から学費はお前が稼ぐんだよ」と答えました。
 全てをサポートしている親がスポンサーだとすれば、スポンサーのたった一つの要求ぐらい従うのが義務だと思うが、スポンサーの世話にならず生きていくとなれば100%権利を行使しても構わないという事です。

 前にお話した、「権利と義務」の外泊版ですね。

 娘がニヤニヤ笑いながら帰ってきたのは、午前2時頃でした。
 私が強制したのではありません。もう少しスポンサーを必要と考えた娘の選択でした。



                                                  (本当におわりです)



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